超電導物性・NMR分光グループ

研究成果

これまで核磁気共鳴(NMR)法を用いて、物質中の特定原子を選択した原子スケールの独創的な視点から、新物質の物性および新機能を開拓する研究を推進してきました。特に、近年続々と発見されてきた新奇超伝導物質に対して、超伝導特性や背景の発現機構に関わる電子状態などの実験研究を展開し、新奇な超伝導機構の解明への道筋となる研究成果を発信しています。その間、必要に応じて「高圧・磁場・極低温」という多角的な技術の組み合わせを必要とする実験条件下でのNMR装置を開発しながら、幅広い実験条件下で起こる様々なタイプの超伝導の性質を研究しています。

主要な研究成果として、

  1. 多層型構造の乱れのない理想的な結晶構造に着目し、世界で初めて微視的レベルでの「反強磁性秩序と高温超伝導の均一共存状態」の発見、その系統的実験から理想的な銅酸素面の反強磁性-高温超伝導相図の実験的解明
  2. 鉄系高温超伝導における新奇な超伝導状態の解明、鉄近傍の局所構造と多軌道性と磁気揺らぎと超伝導の相関を解き明かした一連の研究
  3. ダイヤモンド超伝導において、ドープしたホウ素の局所構造とキャリア密度・超伝導転移温度の関係の解明
  4. 空間反転対称性を持たない重い電子系超伝導体における新奇超伝導状態
  5. バレンススキップ元素に由来する超伝導機構の可能性が示唆される超伝導体において、電荷近藤効果に伴うドーパントの局所電子状態の異常と超伝導の相関を観測

などの成果を発信してきました。 これらは、原子を選択した局所電子状態の情報をもとに物性解明に迫るNMRの特徴を存分に生かした研究であり、アイデア次第でNMRの独自視点からの研究ができます。以下はもう少し詳細の説明です。

1. 多層型銅酸化物を用いた理想的な銅酸素面の反強磁性-超伝導相図の解明

キャリア量の異なる多層型高温超伝導を核磁気共鳴(NMR)により系統的に調べ、理想的な平坦性を有するCuO2面に均一にホールをドープしたときの相図はこれまで信じられてきた高温超伝導相図とは異なり、最適ドープ領域近くまで拡がった反強磁性金属相が、高温超伝導と同一CuO2面内でミクロに共存している相を経て、高温超伝導相へと至ることを明らかにした。これらの成果は、層ごとの情報を選択的に引き出せる核磁気共鳴法(NMR)を測定手段とすることによって初めて可能となったものであり、反強磁性と高温超伝導の親密な関連を示すものである。世界を見渡しても、多層型の銅酸化物を我々ほど徹底的に調べているグループはない。この一連の実験成果は、日本物理学会の学術誌(JPSJ)の超伝導百年記念特集号の招待論文としてまとめられている

H. Mukuda, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 81, 011008 (2012). “High-Tc Superconductivity and Antiferromagnetism in Multilayered Copper Oxides -A New Paradigm of Superconducting Mechanism-,” など

2. 鉄系高温超伝導における反強磁性・多軌道性と超伝導転移温度の相関

鉄系高温超伝導では、鉄の異なる電子軌道にいる複数の電子が伝導に寄与するため、電子の併せ持つスピンと軌道の2つの特徴が超伝導の起源とどのように関係しているかが発見以来の大きな争点となってきた。我々は発見初期から、鉄サイトの世界初のNMR実験、ヒ素サイトの世界初のNQR実験の報告をしている。

Fe-NMR: N. Terasaki et al., J. Phys. Soc. Jpn. 78,013701/1-4 (2009).
As-NQR: H. Mukuda et al., J. Phys. Soc. Jpn. 77,093704/1-4 (2008)

またユニークな成果として、ペロフスカイトブロック層をもつ(Ca4Al2O6)(Fe(As/P))2ではニクトゲン高さでFull gap超伝導/反強磁性/Nodal超伝導相が分類できることなど、この系の超伝導特性、背景にある電子状態の特徴、結晶構造との関係など、微視的な視点からの成果を世界に先駆けて発信してきた。

H. Kinouchi et al. Phys. Rev. B 87, 121101/1-5 (2013)
H. Kinouchi et al. Phys. Rev. Lett. 107, 047002/1-4(2011)

最近では、元素置換(As/P,O/F)により構造と電子ドープ量を広範に渡って制御した鉄系LaFeAsO系において、鉄の複数の縮退電子軌道が絡み、軌道に依存した多重反強磁性スピン揺らぎが、Tcの上昇と極めて深く関係していることを明らかにした。

T. Shiota et al, J. Phys. Soc. Jpn.85, 053706 (2016) など

3. ダイヤモンド超伝導におけるドープしたホウ素の局所構造と超伝導発現機構

大きな電子格子相互作用が期待されるダイヤモンド構造にホールドープして起こる超伝導であるが、結晶成長方向の異なる(100)薄膜と(111)薄膜で同じホウ素濃度でも超伝導転移温度(Tc)が2倍も異なるなど、発現機構と共に何がTc決定因子なのかに興味が持たれていた。当初困難と予想された「薄膜かつ不純物核」であるホウ素-NMR研究に成功し、その結果、薄膜の種類にかかわらず、ドープしたホウ素が単体で炭素位置に置換されることが超伝導発現の必要条件であり、TcはNMRで評価した炭素位置に置換されるホウ素濃度とともに増大していることを明らかにした。実効的なホールを出さないホウ素ペアや水素を付随したホウ素などは超伝導に寄与していないことを示唆し、その“不純物ホウ素”を少なくすることができればさらにTcが上がる可能性があることを提案している。

H. Mukuda et al. Phys. Rev. B 75, 033301 (2007) など

4. 空間反転対称性を持たない重い電子系超伝導体における新奇超伝導状態

重い電子系超伝導体はTc~1K程度と低いが、強い電子相関に由来する非常に豊かな物理と多様性をもつ。中でも、空間の反転対称性が欠如した珍しい結晶構造で発見された新しい重い電子系超伝導体CePt3SiおよびCeIrSi3では、超伝導の担い手であるクーパー対のスピン一重項と三重項の混成が起こる可能性が指摘されてきた。ここでは高圧・高磁場・極低温という複合極限実験条件下でのNMR緩和率の実験から、超伝導状態はline-nodeギャップ構造を持つ強結合超伝導が、三次元的な反強磁性揺らぎに由来して起こることを示した。クーパー対の一重項と三重項の混成状態を調べるために単結晶Knight Shift 測定を行い、空間反転対称性の破れた結晶構造に起因して特異な温度依存性を示すことを明らかにした。この研究において、「高圧(3GPa)・磁場(2T)・極低温(100mK)」という多角的な極限条件下で、単結晶試料の回転機構を組み合わせたNMR装置を開発した。

H.Mukuda et al., Phys. Rev. Lett. 104, 017002/1-4 (2010)
H.Mukuda et al., Phys. Rev. Lett., 100, 107003/1-4 (2008) など

5. バレンススキップ元素に由来する電荷近藤効果と新しい超伝導機構 (2018)

バレンススキップ元素(Tl) は+1価(6sに2個)か+3価(6sに0個)しかとらず中間の+2価(6sに1個)はとらない。Tlをドープした新奇超伝導体(Pb1-xTlxTe)では、Tlの+1価と+3価の縮退に伴う電荷近藤効果が起こり、オンサイトの有効的なクーロン引力(Negative-U)が新奇な超伝導機構の起源となる可能性が提唱されている。バルク測定ではわからない電荷近藤効果に由来するドーパントの局所的な動的電子状態を調べるため、TeサイトのNMR実験を行った。その結果、ドーパントのTlの近傍のTeサイトにおいて核磁気緩和率の異常な上昇が低温で観測され、電荷近藤効果による抵抗の上昇の温度域と対応していることがわかった。このドーパントの局所的な価数(電荷)揺らぎの動的性質に由来する異常は超伝導になる組成においてのみ観測されたことから超伝導の発現との関連が示唆される。ミクロな視点からTlからの距離に依存した局所電子状態と、電荷近藤効果に起因する動的な電子状態について新しい知見を得ると同時に、電荷近藤効果と超伝導の関係を示唆するミクロな視点の新しい研究成果である。

H. Mukuda et al. J. Phys. Soc. Jpn 87, 023706 (2018) など